私がSES企業に所属していた期間で最もきつかった時期はいつかと聞かれたら、迷わず答えられます。
9~13年目ごろの期間に常駐していた客先、片道2時間半の現場に通っていた4年間です。
往復5時間という生活
始業は9時半でしたが、家を出るのは7時前でした。帰宅は当然、それに応じて遅くなります。
途中で、始業を9時に早める話も出ていました。マジか…となったのを覚えています。
ちなみに、同じ現場にいた先輩は片道3時間半かけて通っていました。往復7時間です。それに比べれば私はまだマシだったのかもしれません。
抜け殻のような感覚だった
通勤時間そのものも厳しかったのですが、それだけではありません。
そのころにはもう、仕事に対するモチベーションがかなり落ちていました。頑張っても単価も給料も変わらず、頑張るほど作業だけが増えることに、とっくに気づいしまっていたからです。
その状態で、1日5時間を移動に使う。
抜け殻のような感覚でした。
この現場での仕事を、私はほとんど覚えていません。自社パッケージ製品のバージョンアップ作業だったことは覚えていますが、自分がどのような作業をしていたのかと聞かれると、答えられない。そんなことある??と疑ってしまうような話ですが、本当にあの時は何をやっていたのか印象に残っていない、薄い4年間でした。
先方からの評価も、どうでもよくなっていました。遠いこともあって、切られるなら切られるでいいや、その方がありがたいかもしれないとすら思っていました。
そして、その後も戻らなかった
ここが、この記事で一番書いておきたいところです。
その現場が終われば、仕事に対するモチベーションが元に戻ると思っていました。実際、次の現場は片道1時間半で、通勤はずいぶん楽になりました。(片道1時間半というのもそれなりの距離ではあるのですが…)
でも、戻りませんでした。
一時的に復活することはありました。新しい技術に触れたときや、うまく動いたときです。ただ、それは長続きしません。根本的に改善されることはなく、そこから会社を辞めるまで、ずっと低空飛行が続きました。
9年目から15年目まで、ずっとです。
「その現場が悪かった」では説明がつかない
もし原因が「遠い現場」だけだったなら、現場が変われば回復したはずです。でも回復しませんでした。
つまり、あの4年で削られたのは、その現場に対するやる気ではなく、SESという仕組みで働くこと全体に対する何かだったのだと思います。
当時の私は、これを自分の問題だと思っていました。気が乗らないから作業のやる気が出ないなんて、あまり褒められた状況ではないなと。
いまは、そう思っていません。
- 1日5時間を、無給で移動に使う
- 記憶に残らない作業が4年続く
- 頑張っても単価も給料も変わらない
- 頑張るほど作業だけが増える
この条件で意欲を保てるほうが、どう考えても不自然です。
いま同じ状態にいて、自分を責めている人がいたら、一度その4項目を書き出してみてください。あなた自身の問題ではなく、客観的に見れば10人が10人、そんなところで頑張れる方がおかしいと思うような環境なのかもしれません。

