入社2週間、技術研修ゼロで送り込まれた最初の現場での話です。
入ったその日から、スケジュールが引かれていた
現場に入った初日から、私にはスケジュールが引かれていました。
工程は製造です。おそらく難易度は低めの、マスタメンテナンス系の画面だったと思います。新人に渡すものとしては妥当な内容だったはずです。
ただ、当時の私はその状況すら、よく分かっていませんでした。
自分が入ったプロジェクトがどのような業務のものなのか、担当した画面がどのような画面なのか(何のために存在する画面で誰がどのように使うのか)、マスタスケジュールがどのようになっていて私が担当する画面がどのあたりに位置しているのか等々、何も分かっていなかったです。何もかも分かっていない。分かっていないということ自体が分かっていない、という状態です。
「スケジュール通りに終わりそう?」
何日か経ったあるとき、先輩社員に聞かれました。
「スケジュール通りに終わりそう?」
私は「え?」となりました。
パニックでした。終わりそうかどうか以前に、いま自分が何をやるべきだったのかも分かっていない。そのことが、その瞬間にはっきりしてしまった。
先輩は、そこから手取り足取り教えてくれた
そのときになって、その先輩社員が「これはやばい」と思ったのだと思います。そこからは、かなり手取り足取り教えてくれました。
本当に申し訳なかったです。この人がいなかったら、私はあの現場で終わっていました。ただでさえ業務に追われて毎日忙しそうにしていた先輩社員が私のために時間を割いて一つ一つ丁寧に教えてくれました。製造作業の進め方、ソースコードの構造、SQLの書き方等々。
そのおかげで、目の前のモヤが少し晴れてクリアになったような感覚がありました。設計書を読んで、分からないところを先輩や現場の人に聞いて、実装に落とす、ということが少しずつできるようになりました。
学生時代にコーディングの基本的な部分を経験していたと言っても、実際のソースコードは全く別物に思えました。まず規模が全然違うことと、言語はJavaでしたがIDE(そのときはEclipse)を使うこと、データベースOracleに接続してデータの操作を行うといった一連の実装は本当にすべてが初体験でした。
いま思えば、朝会というものがなかった
「そういえばあのときって…」と、ずっとあとになって気づいたことがあります。
あの現場には、朝会というものがありませんでした。
毎朝、今日何をやるかを確認する場があれば、私が何も分かっていないことは初日か2日目に露見していたはずです。誰かが「そこは違うよ」と言えたはずです。
その場がなかったから、私が詰まっていることは、誰かがわざわざ聞きに来るまで表に出ませんでした。
つまり私は、放置されていたのです。ただし、あの現場に悪意を持った人は一人もいませんでした。なぜ誰も悪くないのに新人が放置されることになるのか、、その話は別の記事に書こうと思います。

