常駐で働いていると、自社の人間と顔を合わせる機会がほとんどありません。私の会社では、全社で集まるのは月1回の全社会議と、年1回の納会、年1回の社員旅行だけでした。
その納会の話です。
納会でやっていたこと
内容は3つでした。
- その1年間の、売上金額の上位メンバーの表彰
- クイズやビンゴといった催し
- 立食形式のパーティー
当時は、普通の忘年会だと思っていました。表彰があって、簡単な催しがあって、みんなで飲む。どこの会社でもやっていそうなことです。
表彰の基準は、売上金額だった
いま振り返ると、ここが引っかかります。
表彰されるのは、その年の売上金額の上位者です。
SESにおける売上とは何か。ほぼ、単価 × 稼働時間です。
つまり、表彰されているのは高く売れて、長く働いた人ということになります。
技術力ではありません。難しい課題を解いたかどうかでもありません。後輩を育てたかどうかでもありません。現場でどんな貢献をしたかは、少なくともその基準には入っていません。
自分が何位なのかは、分からない
そして、ここが決定的です。
ということは、自分がその順位のどこにいるのかも分かりません。上から数えて何番目なのか、壇上に上がった人と自分でどれくらい違うのか、まったく見当がつかない。
自分が測られている物差しの目盛りを、自分だけが見られない状態で、表彰式を眺めていたことになります。
それはつまり、表彰されている社員を眺めて「来年は自分も!」とやる気をたぎらせてみたところで、結局は長時間労働をしない限り実質的にはどうにもならないということです。
そして、表彰されても給料は変わらない
もうひとつ書いておきます。
つまり、その年いちばん会社に売上をもたらした人が壇上に上がり、その貢献は給与にはほとんど反映されないということです。
年に一度、全社員の前で大々的に表彰されたとしても得られるのはわずかな一時金のみ。ベースアップが行われるということはもちろんありません。「次はみんなもこの場に立てるように励め(=長時間労働で客先からの超過精算につなげろ)」と言わんばかりのアピールタイムでしかありませんでした。
私たちは意志を持っているけど意思を潰された商品だった
SESでは人が商品です。それは恐らく方々でよく使われている表現だと思います。
商品は客先に売られ、商品は客先で自走し、商品の単価×稼働時間による金額が自社に毎月入る。
単価を上げるのは商品の頑張り(+営業の交渉)。稼働時間も商品の頑張り。
単価と稼働時間で決まる各商品の売上の数字だけに基づいた表彰。
難しい仕事を達成した、若手の教育で多大な成果を上げた、素晴らしい品質のシステムを作り上げた、そのような社員の頑張りの中身に注目する表彰ではなく、あくまでも単価×稼働時間で算出される数字の表彰。
これ以上の説明は、たぶん要らないと思います。

