2年目のころだったと思います。自社の飲み会がありました。
常駐で普段バラバラの人間が集まる、数少ない機会です。その場には同期が何人かと、営業の人間がいました。
同期のひとりが、営業に聞いた
その場で、同期のひとりが営業にこう尋ねました。
「私の単価っていくらですか?」
自分がいくらで客先に出されているのか。それを聞いたわけですね。
返ってきたのは、答えではなかった
営業の返答を、私はいまでも覚えています。
「なんでそんなこと知りたいの?」
結局そのあと、具体的な数字が営業の口から出ることはありませんでした。お茶を濁されたのか、話題が流れたのか、そのあたりははっきり覚えていません。
正直私はこのとき、「タンカ?」と頭からハテナが浮かび上がるぐらいSESの仕組み、私たちエンジニアが客先に売られている仕組みを理解していなかったので、何のことかよく分かっていませんでした。何のことかよく分からないことを、同期が営業に質問したという事実が逆に印象に残っているのかもしれません。
そして、営業からのあの一言だけの回答をはっきりと覚えているのです。
答えを避けたのではない
いま振り返って思うのは、あの返答の性質です。
「いくらだよ」でもなく、「それは言えないんだ」でもなく、「なんでそんなこと知りたいの?」でした。
これは、答えを避けたのではありません。質問すること自体を咎めています。
知る必要がない。知ろうとするのは不自然だ。そういうメッセージとして、その場にいた全員に伝わりました。
念のため書いておくと、会社間の契約金額は商取引の情報なので、社員に開示する義務はありません。「言えない」で終わる話なら、それはそれで筋が通っています。ただ、開示義務がないことと、聞いた人間があの返答を受けることは、別の話です。
私は、それから15年間、聞かなかった
ここが一番怖いところです。
私はあの場で聞いた側ではありません。見ていた側です。そして、それ以降15年間、自分の単価を聞いたことがなく、最後まで私という商品がいくらで売られていたのかを知ることはありませんでした。
聞かなかったというより、考えもしませんでした。
自分が会社にいくらで売られているのか。同じ現場にいる先輩と自分では、いくら違うのか。そういう問いが、頭に浮かばなくなっていた。
知らされなかったのではありません。問うこと自体を、早い段階で封じられていたのだと思います。
ちなみに、あのとき単価を聞いた同期は、もう会社にはいません。

