それでも、SESで得たものはあった

それでも、SESで得たものはあった SESのリアル

ここまで、SESについてあまり良い話を書いてきませんでした。

ただ、SES企業に在籍していた15年間がすべて無駄だったかというと、そうは思っていません。しっかり得られたこともありますので、今回はそのあたりを書いていきます。

いろいろな会社の中を見られた

私はSES企業に在籍していた15年間で、7カ所ほどの現場で作業をさせていただきました。

プロジェクトの進め方は、会社によって(何なら同じ会社でもプロジェクトによって)文化がまるで違います。まず分かりやすいところで言うと、設計書等のドキュメントのフォーマットが違います。

ファイル形式としてはExcelで作成するプロジェクトが多かったですが、書く内容や粒度が違うことはもちろん、それを基本設計書に書くのか詳細設計書に書くのか、そもそも設計書に残すのかどうかといった部分に至るまで何もかもが違います。さらにはExcelではなくWordで書くところもありました。本当に、いろいろなドキュメントに触れてきたなと思います。(もちろん、それはそれで自分の頭を切り替える大変さもあった訳ですが…)

ドキュメントのフォーマット以外にも、レビューや会議体のルール、使う用語の揺れ(ソースファイル群のことを「資材」と呼んだり「資源」と呼んだり、単体テストのことを「PT」と呼んだり「UT」と呼んだり他にも色々)、始業時間や終業時間や休憩時間、プロジェクト全体の朝礼の有無、日報の有無等々、新しいプロジェクトに就くたびに新しい職場での作業が始まる感覚でした。

この経験は、恐らくひとつの会社にずっといたら知らないままでした。「うちのやり方が普通」と思ったまま、他の現場のやり方を知る機会は無かったんだろうなと思います。

技術も、幅としては広がった

JavaでWebシステムの製造に関わったり、そうかと思えば次はC#を使う現場だったり、レガシーなクライアントサーバーシステムの改修だったり、Biz/Browserという見たことも聞いたこともない技術を使う現場に突っ込まれたり、UIのタブレット対応ではHTMLやCSS、JavaScriptといったフロント側の技術を深く知る必要があったり、スマホのネイティブアプリの開発にも絡ませていただいたり、ひとつひとつの習熟度は浅いのかもしれませんが本当に色々な毛色の経験を積むことができました。

データベースだけ見ても、SQLServerにOracle、MySQL、PostgreSQL、DB2などがあったかなと思います。

新しい環境に放り込まれて、その現場に順応して作業を行う…ということには慣れました。何度もやらされたからです。

あのころに比べれば、と思えること

いちばん実感があるのは、これです。

SES時代は、何もかもが本当に厳しかったです。遠い現場では往復5時間の通勤、自分がこのシステムのどの部分の何を担当させられているのかよく分からないまま作業に当たっている状況、頑張っても変わらない待遇、自分は所詮ただの商品でしかないんだなという感覚―。

SES企業から転職した今の職場でも、大変なことはもちろんあります。ただ、あのころに比べれば…と思えば、たいていのことは乗り越えられる気がするというメンタルを持てているのは、たぶん自分が思うよりもだいぶ大きいことなんじゃないかなと感じます。

これを美談にはしない

これが、伝え忘れてはいけない大事な部分になります。

「辛い経験が自分を強くした!」という話にすると、結論として「だから今は辛くても耐えろ!」というように聞こえてしまうかもしれません。

そんな誤解が無いように正確に書くとこうなります。

そういう副産物はありました。ただし、それは15年をかけて得るようなものではありません。

いろいろな会社の文化を見る経験は、転職を2回もすれば得られます。新しい環境に慣れる力も同じです。「あのころに比べれば」という耐性にいたっては、そもそも身につけないほうがいい種類のものかもしれません。

15年間という時間とこの副産物、とても釣り合うものではありません。

それでも、なかったことにはしない

このブログで綴る内容を、「失った15年の話」の一色に染めるつもりはありません。

そこには恩人がいましたし、一緒に働いた同期や後輩もいました。楽しかった時期もあります。それを全部まとめて否定してしまうと、あのころ真面目に働いていた自分自身も、否定することになります。

だから、いまSESで大変な思いをしているあなたに伝えたいことはこうです。

SESで働いている時間は無駄ではありませんでした。ただ、そこで得たものと同じものを手に入れるために、そこに費やした膨大な時間は必要ありませんでした。

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