最初の現場で私が何も分からないまま放置されていた話を書きました。その現場に何がなかったのか、もう少しはっきり書いておきます。
毎朝、何も確認されなかった
いま自社開発の会社にいて、当たり前に朝会があります。昨日やったこと、今日やること、困っていること等をを各自が報告しチームメンバーと共有する時間です。
あれがあれば、私は初日に助かっていました。
「今日はマスタ画面の一覧部分をやります」と口に出せば、そこで誰かが「一覧って、どの画面のこと?」と聞いてくれます。その一往復で、私が何も分かっていないことは即座に露見したはずです。
当時の私は本当に何もかも分かっていなかったので、「えっと、私は何をすればいいんでしょうか…?」みたいなことを発言することになっていたかもしれませんが、これは放置していたらヤバいという状況は一目瞭然だったことと思います。
あの現場には、それがありませんでした。
詰まっていることが、表に出ない
確認の場がないと、何が起きるか。
新人が詰まっていても、誰も気づきません。本人から申告するしかない。ところが新人は、自分が何に詰まっているのかも言語化できません。「全部分かりません」としか言えない状態を、社会に出て2週間の人間が自分から表明するのは、かなり難しいことです。怒られるかもしれない、自分で何とか解決しなければ…と、逆方向に突っ走ってしまう人は少なくないと思います。
結果として、先輩が「スケジュール通りに終わりそう?」と聞きに来るまで、私の状態は誰にも知られませんでした。
当時は、放置されているとすら思っていなかった
ここが一番書いておきたいところです。
当時の私は、これを異常だと思っていません。朝会がないことにも、誰も進捗を聞きに来ないことにも、何の疑問も持っていませんでした。
比較する対象がないからです。私にとって、それが最初に見た現場でした。最初に見たものが基準になると、それが基準だということにも気づけません。
「いま思えば」という言葉を、この先何度も使うことになると思います。SESにいた15年間について私が書けることの多くは、当時は分からず、外に出てから輪郭が見えたものです。
それは裏を返せば、中にいる限り見えないことはたくさんあるということです。

